Netflixシリーズ『ガス人間』で、物語の重要な場面に流れるサザンオールスターズの「いとしのエリー」。
ガス人間を題材にしたクライムスリラーに、なぜ1979年発表のラブソングが選ばれたのか、気になった人も多いのではないでしょうか。
結論からいうと、「いとしのエリー」は蓮を目覚めさせるためだけの曲ではなく、京子と蓮の過去や、登場人物たちが大切な相手に抱く愛情、後悔、喪失感をつなぐキーソングとして使われています。
この記事では、『ガス人間』で「いとしのエリー」が使われた理由、京子と蓮にとっての意味、原曲の「エリー」は誰を指しているのか、最終回との関係まで解説します。
この記事には、Netflixシリーズ『ガス人間』最終回までのネタバレが含まれます。
『ガス人間』で「いとしのエリー」が使われたのはなぜ?
「いとしのエリー」が使われた理由は、曲が持つ愛情や切なさが、『ガス人間』の中心にある感情と重なるからだと考えられます。
サザンオールスターズ公式サイトでは、「いとしのエリー」は物語の核心に関わる重要な役割を担うキーソングとして紹介されています。
つまり、有名な昭和の曲を雰囲気づくりのために流しているだけではありません。
京子と蓮の過去、京子が蓮に抱く思い、さらに賢治が京子に抱く思いまで、異なる人物同士の関係を一つの曲で結びつけています。
- 大切な相手を思い続ける愛情
- 相手を失うことへの悲しみ
- 伝えられなかった思いへの後悔
- 戻ることのできない過去への未練
- 姿や関係が変わっても残り続ける記憶
『ガス人間』には、人体実験や殺人、搾取、復讐といった重い要素があります。
一方で、その根底にあるのは、怪物になってしまった人物と、その人物を大切に思う人との関係です。
「いとしのエリー」が流れることで、ガス人間による事件が単なる怪物の恐怖ではなく、愛情や喪失から生まれた悲劇として見えてきます。
「いとしのエリー」は京子と蓮の思い出の曲
作中の「いとしのエリー」は、京子と蓮が幼い頃に過ごした時間と結びついています。
京子は、現在では廃墟となっている場所で、石のような状態になった蓮を発見します。
ただし、京子と蓮が幼い頃から、その建物が廃墟や廃屋だったと明確に説明されているわけではありません。
そのため、「幼い京子と蓮が廃屋で暮らしていた」と断定するより、現在は廃墟となっている場所で、かつて二人が一緒に過ごしていたと捉える方が正確です。
そこには、二人の過去を思わせるピタゴラ装置などが残されており、「いとしのエリー」も二人の記憶を呼び起こす曲として使われています。
蓮にとっては京子との時間を思い出す曲であり、京子にとっては自分を守ってくれた蓮との大切な記憶を象徴する曲なのでしょう。
蓮は京子にとってどのような存在だった?
蓮は、幼い京子を守り、父親のような立場になった特別な人物です。
京子は母親によってホワイトセンターへ引き渡されるという過酷な経験をしています。
そのような状況の中で京子を守ろうとした蓮は、京子にとって家族に近い存在になりました。
ただし、蓮が「京子の人生で初めて優しくしてくれた人」だったと明言されているわけではありません。
母親から一度も愛情を受けていなかった、あるいは外の世界で蓮が最初に優しくしてくれたとまでは断定できません。
確実にいえるのは、蓮が京子を守り、京子が父親のように慕っていた重要な人物だったということです。
京子にとって「いとしのエリー」は、蓮と過ごした時間や、自分を守ってくれる人がいた記憶を象徴する曲だったと考えられます。
なぜ蓮は「いとしのエリー」で目覚めたのか
作中では、石化したような状態の蓮の前で「いとしのエリー」を流すと、蓮が再び動き出します。
ただし、曲にガス人間を目覚めさせる特殊な力があると説明されたわけではありません。
そのため、音楽そのものが蓮を起動する装置になっているというより、曲と結びついた京子との記憶や感情が、蓮を呼び戻したと考えるのが自然です。
ガス人間となった蓮には、人間だった頃の記憶や理性がどこまで残っているのか分からない部分があります。
それでも、京子との約束や、京子を守ろうとする思いは完全には消えていませんでした。
二人で過ごしていた頃の曲を聞くことで、眠っていた記憶や京子への思いが呼び起こされた可能性があります。
蓮を目覚めさせたのは、曲そのものよりも、曲に残された京子との記憶だったのかもしれません。
京子はなぜ蓮に復讐をさせた?
京子は、蓮をガス人間にしたホワイトセンターの関係者たちを追い、蓮に殺害させていました。
行動だけを見ると、京子が蓮を復讐の道具として利用していたようにも見えます。
しかし、京子が抱えていたのは、単純な利用目的だけではありません。
蓮は京子を守ろうとしたことでホワイトセンターに連れていかれ、人体実験の対象となりました。
京子は、自分を守った蓮が人生を奪われ、ガス人間に変えられたことへの怒りや罪悪感を抱え続けていたと考えられます。
京子の復讐には、蓮を苦しめた人間への怒りに加えて、蓮が受けた犠牲をなかったことにしたくないという思いも含まれていたのでしょう。
その一方で、復讐のために蓮を殺人へ向かわせた京子の行動が正当化されるわけではありません。
愛情と利用、感謝と罪悪感、救済と復讐が入り混じっている点が、京子と蓮の関係を複雑にしています。
そもそも原曲の「エリー」は誰を指している?
『ガス人間』を見ると、曲名にある「エリー」が京子や蓮のことを指しているのか気になるかもしれません。
しかし、まず押さえておきたいのは、サザンオールスターズの原曲で「エリー」が誰なのかについても、一般に知られた説が一つに確定しているわけではないということです。
「いとしのエリー」は、桑田佳祐さんが作詞・作曲し、サザンオールスターズの3枚目のシングルとして1979年3月25日に発売されました。
恋人への愛情だけでなく、傷つけてしまったことへの後悔や、失いたくないという切実な思いが歌われています。
原由子がモデルという説
よく知られているのが、曲に込められた恋愛感情の相手は、サザンオールスターズのメンバーで、後に桑田佳祐さんと結婚した原由子さんではないかという説です。
曲が発表された当時、桑田さんと原さんは交際していたことから、原さんへの思いをもとに作られたラブソングとして紹介されることがあります。
ただし、曲のモデルが原由子さんだったとしても、歌詞に登場する名前の「エリー」が、そのまま原さんを指しているとは限りません。
姉のえり子が由来という説
桑田佳祐さんの姉が岩本えり子さんであることから、「エリー」という呼び名は姉の名前に由来するのではないかという説も知られています。
しかし、曲の恋愛相手が実の姉だったという意味ではありません。
仮に名前の響きに影響を与えていたとしても、歌の中で描かれる恋人と、名前の由来は分けて考える必要があります。
エリック・クラプトンに由来する説
桑田佳祐さんが影響を受けたミュージシャン、エリック・クラプトンの「エリック」から「エリー」という響きが生まれたとする説もあります。
さらに、エリック・クラプトンが在籍したデレク・アンド・ザ・ドミノスの代表曲「いとしのレイラ」との関連が語られることもあります。
ただし、これらについても、サザンオールスターズ公式サイトで「エリーとはこの人物である」と一つに限定して説明されているわけではありません。
曲の恋愛感情は原由子さんに向けられたものという説がありますが、「エリー」という名前の由来には複数の説があります。
そのため、エリーを特定の実在人物一人に限定するより、愛する相手への思いを託した象徴的な名前として受け取るのが無難です。
『ガス人間』のエリーは京子なの?
『ガス人間』には、エリーという名前の人物は登場しません。
また、制作側が「曲中のエリーは京子を指している」と説明したわけでもありません。
そのため、エリー=京子と一対一で対応しているわけではないと考えた方がよいでしょう。
作中では、場面や人物によって、曲を向けられている相手が変化しているように見えます。
| 人物の関係 | 曲に重なる思い |
|---|---|
| 蓮から京子 | 守りたい相手への愛情や約束 |
| 京子から蓮 | 自分を守ってくれた相手への感謝、罪悪感、執着 |
| 賢治から京子 | 失った恋人への愛情や伝えられなかった思い |
序盤では京子と蓮の思い出を象徴する曲ですが、最終回では賢治が京子を思う曲にも聞こえます。
「いとしのエリー」を特定の一人だけに当てはめないことで、登場人物それぞれの愛情や喪失を一つの曲に重ねられるようになっています。
最終回で賢治が「いとしのエリー」を流した理由
最終回では、賢治が京子の墓に指輪を置いたあと、自宅で「いとしのエリー」のレコードを流します。
この時点で、京子と蓮をつないでいた曲は、賢治が京子を思うラブソングへと意味を変えています。
賢治は京子への思いを抱いていましたが、二人の関係は悲劇的な結末を迎えました。
墓に置いた指輪には、京子に伝えられなかった将来への思いや、失ってからも消えない愛情が込められていると考えられます。
その後に「いとしのエリー」を流したのは、賢治が直接伝えられなかった言葉を、曲に代わりに語らせたとも受け取れます。
ラストに現れたガスは京子?
賢治が「いとしのエリー」を聞いていると、開いた窓から白いガスのようなものが部屋へ入ってきます。
このガスの正体は作中では明言されていません。
ただし、物語の流れから、京子がガス人間になって生きており、賢治のもとへ現れたのではないかと考察できます。
京子がガス人間になっていた場合、かつて蓮が「いとしのエリー」に反応した構図が繰り返されたことになります。
- 京子が曲を流すと、蓮が石化した状態から動き出す
- 賢治が曲を流すと、京子と思われるガスが現れる
同じ曲を使うことで、京子と蓮の関係が、今度は賢治と京子の関係に重ねられています。
ただし、京子らしきガスが賢治に会いに来たのか、襲おうとしているのか、あるいは別の存在なのかまでは分かりません。
ラストのガス=京子という解釈は有力ですが、公式に正体が明かされた確定情報ではなく、作品の余韻を残すための描写と考えられます。
原作映画でも「いとしのエリー」は使われていた?
1960年公開の映画『ガス人間第一号』では、「いとしのエリー」は使用されていません。
「いとしのエリー」が発表されたのは1979年のため、原作映画の公開から約19年後です。
原作映画では、ガス人間となった水野と、日本舞踊家・藤千代の関係が物語の重要な要素になっていました。
Netflix版は登場人物や事件を大きく変更した完全オリジナルストーリーですが、人ならざる存在になっても残り続ける愛情という要素は受け継がれています。
「いとしのエリー」は、原作から続く愛と悲劇の要素を、Netflix版の京子、蓮、賢治の関係に置き換えて表現するために選ばれた曲とも考えられます。
まとめ|いとしのエリーは登場人物の愛と喪失をつなぐ曲
『ガス人間』で「いとしのエリー」が使われたのは、京子と蓮の思い出だけでなく、登場人物たちが大切な相手に抱く愛情や後悔、喪失感を表現するためです。
- 「いとしのエリー」は物語の核心に関わるキーソングとして起用された
- 京子と蓮がかつて一緒に過ごした時間を象徴している
- 二人が幼い頃から廃屋で暮らしていたとは断定できない
- 蓮が京子にとって最初に優しくしてくれた人物だったとは明言されていない
- 曲が蓮を目覚めさせるのは、京子との記憶に反応した可能性がある
- 原曲のエリーが誰なのかについては複数の説がある
- 作中ではエリーを特定の登場人物一人に限定していない
- 最終回では賢治から京子へ向けたラブソングのように意味が変化する
「いとしのエリー」は、蓮を動かすためだけの合図ではありません。
蓮から京子へ、京子から蓮へ、そして賢治から京子へと、大切な相手を思う気持ちをつないでいく曲です。
ガス人間という異形の存在を描いた物語でありながら、最後に残るのは「失った大切な人にもう一度会いたい」という人間らしい感情でした。
愛情だけでなく、後悔や執着、復讐まで含んだ登場人物たちの複雑な思いを表せるからこそ、「いとしのエリー」が『ガス人間』のキーソングに選ばれたのでしょう。